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こいけじゅんのブログです。
2025/09/05(Fri)
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2014/01/01(Wed)


上海にて
新年を迎えました

うねるような一年だった2013年
まだまだ自分の中でぐつぐつ煮立っている気がします

上海では2014年幕開けの瞬間
夜中12時にもかかわらず花火が何発も打ち上げられ
(住宅街でもそれはそれは容赦なく)
派手な幕開けでした

テレビ番組では「紅黄歌合戦」がやっていて
紅組のリーダーが「韓紅」さんという有名女性歌手で
黄組のリーダーが「黄暁明」さんというイケメンスター
だから紅黄歌合戦
なかなか面白かったす

中国人スタッフたちが連絡をくれたのですが
彼らはこぞって日本の紅白歌合戦を見ていたようで
「私たち最愛の松潤が出てる!」とか
「大島卒業おめでとう!」とか
そういうのをメールで送ってくれました

僕なんかより
はるかに日本の流行に敏感

そして中国語で新年快乐(あけましておめでとう)
というメッセージが来るのかと待っていたら

あけおめ!さくせわ!ことよろ!

って来たし(笑 どんだけ知ってんの

でも母国が外国の人たちからこんな風に慕われていることは
本当に気持ちが晴れるし 誇らしく思います

ある中国人上司が新年のメールでこんな言葉をくださり
心が震えました


『車到山前必有路』(che dao shan qian bi you lu)
たとえ困難なことがあっても
時が来れば必ず解決する方法がみつかる



新しい一年が始まりました

今年もよろしくお願いします
良い毎日にしましょう





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2013/12/30(Mon)


気が付けば2013年が終わります

あっという間 と表現したいところですが
この一言では簡単に括れない一年だったように思います

上海渡航が決まり2013年が幕を開け
上海への期待と不安が高まる中
2月27日愛犬の死
何も言わずあいつは天国に行ってしまった

春を迎えるころ
慌ただしく渡航の準備
ビザ 予防接種 各種手続き 引越し
アルバム「ブラウンズ」を発表
むらちゃん亮くんとレコ発ライブ
ライブでとても良い時間を過ごすことができ
満開の桜を見れて良かったねぇと
夫婦で会話したことを思い出す

そして渡航

家族が成田空港まで見送りに来てくれたこと
上海到着後には部屋探しでひとり途方にくれたこと
生活が始まり戸惑うことが多い中
中国人スタッフたちの温かい心に感動する
6月には妻も上海へ
彼女もまた一言では表せない覚悟でこの地へ来てくれた
まだ暑さの残る9月には
老舗バーでワイゼンボーンのレコーディング

そして迎えた秋
10月18日祖父が他界
血のつながった家族がいなくなってしまうことが
こんなにも心に大きな影響を与えるなんて
正直思っていなかった
実感が湧かない中でも葬儀は執り行われ
晴れない気持ちのまま上海へ戻る

気持ちの整理なんてつくはずもないのに
会社から突然卑劣な業務異動命令
それまで社内では楽しくしゃべれていた僕は
まるで人が変わったかのようにしゃべらなくなった
心痛の日々は延々と続き
12月カウチポテトのレコ発ライブに参加させてもらう
勝又くん祐くん亮くんアナザワくんの姿から
本当に清らかなエネルギーをもらい
上海へ戻るとまた理不尽な生活と対峙する日々

その流れのまま この年の瀬を過ごしています

毎年毎年
いろんなことがあった一年だったなぁ
などと思ったり 言葉にしたりしていましたが
今年ほどそう一言で表したくない年はありませんでした


でもよく話を聞くと
周りの友達は自身の毎日ときちんと向き合い
やはり大変で苦痛なことが絶えない と言います

自分ひとりだけがこんな目に遭っている
というわけではないんです

ただ

大切な自分の人生であることに変わりはなく
これからも生きる目的は変わらない

人として大切なことは
お金 地位 名誉などでは絶対ないんだと
よーくわかりました


今年も負のオーラ全開だった僕と
たくさん言葉を交わしてくれた友人には
感謝の気持ちでいっぱいです
親身になるってどういうことなのか
知らしめてくれました

そして妻と家族にもたくさん力になってもらいました
31年の人生の中で一番距離が近づいた一瞬が
今年見られたような気がします

不便な生活でさえモノにしてしまう妻にも
心から感謝をしています

一年間 本当にありがとうございました
いつもご心配おかけしてすみません
このとおり上海で元気に暮らしていますので
ぜひご安心ください

2014年もぜひよろしくお願いいたします

皆さま よいお年をお迎えください







2013/12/28(Sat)

連続で政治関連ですが

安倍さんが参拝されたことを受けて
上海の日本領事館から昨日通達がありました

デモが起きる可能性があるので
年末年始は特に人が多く集まる場所へ行かないこと


ほんとにこういうことってあるんだね

・・・反日起きるのかなー

中国人スタッフに聞いてみたけど
「いやー、ないですね」
「あってもまったく興味ないです」
「また変な人たちが集まっちゃうのがイヤ」
非常に消極的な意見が多数

ま そもそも弊社は日本企業ですからね
スタッフたちもそれなりに日本を知っている人ばかり

先日タイのバンコクで起きたデモに巻き込まれて
日本人フリーカメラマンの方が負傷してしまったけど
この部分だけ切り取ると「恐いな」と思ってしまう

でも現地から情報をもらうと
取材の為敢えてその場所に向かった結果
怪我を負われたということを知ることができる
しかもデモの場所は観光地から離れ
繁華街からも離れ
わざわざ行かないとわからない所

・・・という風に
上海においてデモが起きたとしても
どうなっているのかきちんと見て
一部分だけを切り取る行為に注意しなければならない

テレビ局の皆さんは
ほんとトリマーだなー

なにかあればお知らせします






2013/12/26(Thu)


ようやく手に入れることができ読みました

これは昨年2012年9月
中国全土に広がった反日デモの最中
中国で暮らす日本人たちが
その時なにをしていたか なにを思っていたのか

そういうことが108人分のインタビューとして掲載されています

僕は当時日本にいました
まだ上海赴任が決まる前です

日本での報道は「中国脅威」一辺倒になり
中国は恐い国である と決定付けた出来事ですね

でも
たった1年前がそんなにひどい状況だったにもかかわらず
今年は なーんもなし
上海なんてとても静かです
(クラクションはうるさいけど)
そもそも危険な目に遭うことがまずない
(車に轢かれそうになるのは毎日のことですけど)

報道で見たような反日デモが起こり
日本車がぶっ壊されるといったことがあったのも事実ですが
日本人を友人に持つ中国人たちが
その日本人を心配し電話やメールを頻繁にくれ
「なにかあったらすぐに連絡して」と告げる
ということがあったのも事実

「このあたりはデモが通るから気をつけて」
と声をかけてくれる中国人だっていたのです

今や妻はひとりで買い物に行ったり
タクシーに乗ったりしています

中国人たちが常に
反日
釣魚島(尖閣諸島の中国語)
靖国神社
なワケではないんです

日本だってそう
「アメリカめ 原爆なんて落としやがって絶対許さん」
と訴え続ける人だって当然いるし
そうではない人だっている

今これを書いていたら
中国人の友人から電話がかかってきました

「じゅーん なに最近仕事ヤバイの!?」
「奥さんは元気にしてる?上海楽しんでるー?」

こんな風に声をかけてくれる人だっている

一個人が大切なんだと思います





2013/12/24(Tue)


Hi-STANDARD
AIR JAM 2012のDVD

前に帰国した時
2011に続き 買いました

今回は東北で行われた2 Daysが収められています

東北に元気を 日本に元気を

自分たちがライブをすることで
少しでも元気になってもらえるなら と

上海の私も
元気 しっかりいただきました

ドラムのツネさんが
ライブ直前まで体調がすぐれず
それは厳しい精神的なところによるもので
一時は もうイベント決行自体が難しいかも とまでいったそう

でもそれを乗り越えてステージに立った

ライブ中に何度か
難波さんや健さんがツネさんを気遣う場面が観れて
まじ感動

お客さんも泣いている人が多数
しかもイカちぃ男ファンの方々がみんな泣いてる

元気 いただきました
そして 泣きました



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